いきなりですが、「君の手がささやいている」というドラマを見ました。 聴覚障害の女の人のことなんですが、マジで泣けます。
俺の周りにも、そういう人々の施設で働く人がいて色々と話を聞かされましたが、ひどい話が一杯です。
障害者や痴呆老人等の施設って山奥などが多いんですよ。 何でかわかりますか?? 建設しようとしても住民に猛反対されてしまうんですよ。
「わけのわからない障害者がウロウロされたら治安が悪くなるし気持ち悪い。」
まるで人間でないものを見るかのように・・・。 しまいには建設予定地に抗議のでかい張り紙までして地域運動までしてる。
そんな人こそ本当に人間ですか?
そういう人達に聞いてやりたい。
「もし、あなたの最愛の子供が障害を持って生まれても同じことが言えますか?」と。
「最愛の旦那や妻、または親が重度の痴呆になっても同じことが言えますか?」と。
確かに、地域に施設ができると問題も出てくるかもしれない。
でも、そういう人々を暖かく迎え、優しく接してあげれるのが本当の人間じゃないんですか?
自分本位の考え方しかできず、人の立場になって考えられない人が多く、話を聞いてると寂しくなります。 誰も望んで障害を持って生まれたり、痴呆になるわけじゃありません。 そういう人達は何よりも人との触れ合いに飢えているんですよ。 そんな人達を気持ち悪いだの何だの言って、地域で一丸となって山奥に追いやる。
誰かが困っていても誰も助けないのが当たり前のようになってきてるのも寂しい限りです。 前に、車椅子の人が道路の微妙な坂を上れずに必死になっているのを見かけました。 周りに人は一杯いるのに、誰も助けもせずに見るだけなんですよね。
いつからそういう風に冷たい社会になっちゃったんでしょうか?
もちろん俺は乗ってた自転車置いて押してあげましたよ。 でね、そんな俺をもの珍しそうに見てくる人も何人も居たんですが、そんなに珍しいことか?って思います。 まぁたしかにヒゲ面+サングラスの俺がそういうことしてるってのが珍しいのはわからんでもないが・・。 たった数十秒の親切もできないなんて正直神経疑いますよ・・・。 周りの目があって恥ずかしいとか、誰かがやるだろうとか・・・。 人に親切して、「ありがとう」って言葉を聞いた時の喜びを知って欲しいもんです。
少し普段から溜まってる世間の冷たさや、最近の子のマナーの悪さ、自分本位すぎる考え方の鬱憤が出てしまい、長々と愚痴を言ってしまいましたが、是非時間があればそのドラマを見てください。 そして、そういう人々やその周りの人々の立場になって考えてみてください。 今はまだ他人のように思えてるかもしれませんが、もし親が痴呆になったり、自分の子供が障害を持って生まれたり、自分自身が痴呆になった時、
今のような世間の風潮のままだと、苦しむのは自分自身ですよ?
世間で言うマナーや常識なんて、誰が決めたものでもない。
例えば、電車の中では静かにしなさいだとか、別に静かにしなけりゃいけないわけじゃないかもしれない。 でも、人が一杯いる場所では、中には仕事に疲れて眠りたい人や風邪を引いてしんどい思いをしてる人だっているかもしれない。 そういう人のために静かにするってのが本当だと思います。 おそらく、そういう場所でうるさくしている人がしんどくて眠りたい時は、周りのうるさい人が勘に触ることでしょうね。
電車の椅子を二人で数人分取り、二人の間にはお菓子とジュースが置いてあり、椅子に靴のまま足乗っけてワイワイしてる馬鹿な女子高生。 お菓子のカスやゴミをポイポイ捨てて、人が増えて電車の中が込んできてもワイワイワイワイ・・。 悪いという気持ちがないから、恥ずかしいことをしてるってこともわかってないのでしょうね・・・。
本当に可愛そうなのは、 親にマナーや善悪の判断を教えてもらえなかったあの子達なのかなと、ふと思ったりします。 そして、本当の優しさも・・・。 今、こういうマナーや常識をわかってない中高生達があと数年後社会に出て働き始めた時、日本の社会はどうなるのか本当に心配になります・・。 是非とも人への優しさや、自分が親切にされた喜びを今一度思い出して 今までできてなかって人は行動に移せるようになってください。 これを読んで、少しでも考えて頂けると幸いです。 |